弾けるシアワセ
弾けるってことは、とてもシアワセなことだと思う。
ちなみに、ここで言う「弾ける」とは、技術的に上手くて弾けるってことではないですよ。
先日の全奏において、他の楽器が弾いていて自分のパートが休みってトコになった。
一曲の中にはどのパートにも少なからずあるようなところではあるが、ちょうど休みだったときの旋律はとても美しく、自分のパートが参加してないことがとても残念で、弾いているパートを羨ましく思った。
そんなことがあって思ったのだが、楽譜に音符や記号が書いてあるということは、勿論その通りに弾かなくてはならないということではある。
しかしそれは同時にその場所を、その音符を弾くことができる、いや弾くことをその曲が許しているということでさえあるかもしれない。
そうして楽譜にそってそこを弾けるのはとても喜ばしいことだし、シアワセなことであろう。
少なくとも僕自身は弾けることがシアワセだと感じている。たとえそのパッセージが技術的に弾けないとしてもだ。
みんなももっと『弾けるシアワセ』を感じて日々演奏してもらいたいなと思う。